微生物機能による地盤改良技術を目指して……
古紙の有効利用で地球と人に優しい技術を実現化する
地盤工学の観点から微生物の代謝反応が起こす風化作用に着目し、数多くのフィールド調査と理論シミュレーションによって、そのメカニズムの解明に挑む琉球大学准教授の松原仁氏。
この研究をもとに次世代に向けた環境保全型の地盤改良技術の確立を目指すなかで、明和製紙原料とともに土壌改質方法や土壌改質剤に関わる3つの国内特許を取得し、また、国際的な学術シンポジウムや学術論文等でも発表するなど、その研究は国内外から注目を集めている。
「地球と人に優しい材料を使った技術で災害に強い社会を実現したい」と述べる松原氏と、「古紙の可能性を活かした土壌改質技術を世界へと広げていきたい」と話す当社代表の駒津に、微生物と古紙とを連携させた土壌改質技術の現状と今後の展望を語ってもらった。
微生物の偉大な力に着目
松原先生が取り組まれている研究について教えてください。
松原:私の研究は基本的には土や岩に関する研究です。例えば、岩が風化して土になるメカニズムの解明や、あるいは土が岩になるミネラリゼーションがどうやって起こるかを解明しようとしています。特に最近は微生物によるバイオミネラリゼーションやバイオレメディエーションの研究にも取り組んでいます。
松原先生の風化やミネラリゼーションの研究は防災と結びついているのでしょうか?
松原:そうですね。対象は土や岩ですが、災害を軽減する、つまり地すべりや液状化現象を軽減することを目的とした研究です。例えば、岩が風化してくると、岩が突然落石することがあります。しかし、事前に風化度合いを予測できれば前もって対策を講じることができますし、その対策も考えられる。そのための研究ですね。
事前に予測するというはどのように行うのですか?
松原:まず風化の状態をフィールドで調査し、それにより風化の原因が化学的なものか、もしくは生物学的なものかを区別し判断します。しかし、それだけではすべてを予想することはできませんので、それをモデル化し、コンピュータシミュレーションに落とし込むことで、危険な風化度合いに達するのが1年後なのか、または10年後なのかを予測していくというものです。
様々なデータを集めることによって災害がいつ起こるかを予測するんですね。その対策の手法の一つに微生物を使ったものがあるそうですが、その点についてもお教えください。
松原:微生物の中に尿素分解菌という菌がいるんですが、この菌は尿素を分解して炭酸イオンを出します。この炭酸イオンが土中のカルシウムイオンと結びつくと炭酸カルシウムになり、この炭酸カルシウムが土粒子と土粒子の間に析出することで地盤を固化させることができるんです。結局、液状化現象は離散化した砂が原因になるので、これを固めようというものです。
この微生物を使った研究は世界中で行われていますが、我々の研究で特徴的ものといえば、光合成微生物です。沖縄では光合成が盛んに行う微生物がたくさんいるんですね。ある場所でフィールド調査を行った際、光合成微生物が岩の表面にたくさんいて、岩を生成していることを見つけたんです。つまり、光合成微生物の代謝反応が炭酸塩の析出を誘発し、脆弱化した岩石の表面を硬質化させ、安定化させているんですね。これを応用することで地盤改良にも使えると考え、現在、研究を進めています。
光合成微生物が地盤改良に役立つかもしれないんですね。
松原:そもそも我々生物が地球上で生きているのは光合成微生物の中でもシアノバクテリア(藍藻)のおかげなんですよ。40億年前の原始地球には二酸化炭素しかなく、その時代に出現したのがシアノバクテリアでした。このシアノバクテリアの出現は、それまでほとんど無酸素状態だった大気に酸素をもたらし、同時に岩を形成したんですよ。炭酸塩岩ですね。その岩は今もオーストラリアに残っているストロマトライトです。彼らのおかげで我々人類が誕生することができ、彼らが災害からも守ってくれる。これに着目して研究を行っています。
松原先生が岩や土、微生物の研究を行うようになったのは、どういったきっかけからなんですか?
松原:私はもともと計算力学が専門だったんですが、ある時サンゴの構造を見て感動したんですね。サンゴは細胞内に褐虫藻というバクテリアを住まわせていて、それらが見事な蜂窩(ほうか)構造を作り上げているんです。そこで、これを人工的に作ろうとしたんですが、これができない。そうすると次第に岩の方にだんだん興味が湧いていき、現在に至るというわけです。
地球と人に優しい材料で
次世代の土壌改質技術を確立
松原先生が研究をされる上で、目指されているのは何でしょうか?
例えば、「こんな社会を実現したい」といった具体的なキーワードはありますか。
松原:エコフレンドリーですね。地球に優しい材料を使い、我々人間が安全安心に暮らせる社会を実現したいと思っています。人間に有害な物質などは一切使わず、地球と人間に優しい材料を使って災害に強い社会を作り出していく。それが大きな目標ですね。具体的な研究内容でいうと、地盤工学を専門にやっている以上、液状化や地すべり対策といった災害対策が中心にはなりますね。
そういった研究をされている松原先生と明和製紙原料さんは、どういった経緯で出会われたのでしょうか。
駒津:もともと弊社が一般家庭の古紙を回収するサービス「えこすぽっと」事業を沖縄で展開したことがきっかけです。この事業をスタートした時、集めた古紙をどう利用しようかという話になったんです。実は沖縄では島内で発生する古紙を島内の製紙会社のみでは利用しきれないため、その多くを島外へ費用とエネルギーを使って輸送しなければならないという背景があり、社内で「せっかくなら沖縄で集めた古紙を島内で活用したい。できれば製紙用途以外で利用できる新規事業を立ち上げたい」という案が浮上しました。そんな時に松原先生をご紹介いただいのです。そこで、松原先生に古紙のサンプルをお渡ししたところ、先生のひらめきがあり、共同研究をスタートさせることになりました。
松原先生は最初に駒津さんから古紙を使う案を提案された時にどう思われたんですか?
松原:実は、実際に明和さんの古紙を見るまでは、古紙=ペラペラの紙のイメージがあったので、それを地盤に使うのは難しいだろうと思っていたんですよ。なので当初はオイルスピル事故用の材料として製品化すれば何かの役に立つんじゃないかと提案させていただいたんです。まったく地盤とは関係ないですね(笑)。しかし、その後サンプルを送っていただいて非常に驚きました。紙じゃないんですよ、なんだこれは!?と衝撃を受けたんです。
駒津:みなさん、必ず驚かれますね。弊社の古紙は紙というよりも形状は綿のようで、コットンライクストラクチャーという言葉がぴったりですから。
松原:その通りで、私もずっとエコフレンドリーな繊維材を探していたので、これなら今進めている研究に使えるんじゃないかと思ったんです。古紙の原料は当然ながら自然由来のものであり、さらに水を吸収してくれますから。すぐに実験してみたら、古紙の質量に対して数倍の水分を吸収することがわかったので、これならすぐに液状化に使えるのではと直感しました。「きっと土粒子と繊維がうまく絡み合い、土の潜在強度も上げてくれるはずだ」と。これはオイルスピルなんてやっている場合じゃないと、すぐに方針を変えて研究を始めたんですよ。
そこから本格的に共同研究が始まったわけですね。その研究は最初から古紙と微生物とを組み合わせたものだったんでしょうか?
松原:当初、古紙は土のせん断補強材として考えていたので、微生物とは分けて考えていました。しかしある時、顕微鏡で古紙と砂、微生物のバイオフィルムと炭酸カルシウムを見比べてみたところ、これがそっくりそのまま。これは驚きましたね。古紙自体はセルロースでありバイオフィルムなので、古紙が栄養となって微生物の住処になれば、土粒子を守ってくれ、さらにせん断力も高めてくれることになります。別々の研究を行っていたはずでしたが、私の中でピタッと一緒になった瞬間でした。
古紙を使った研究で特許を取得
微生物の代謝反応を利用した地盤固化のメカニズムに古紙が加わるとさらに優良な条件が整うということですが、松原先生がおっしゃる「古紙が土粒子を守る」ということはどういうことでしょうか。
松原:先ほど微生物が析出する炭酸カルシウムが地場を固化するという話をしましたが、そこに古紙を入れることで、微生物の栄養となって活性化を促進すると考えたんです。固化がさらに強化される=土粒子を守ってくれるということです。
なるほど。では、そのお考えは実証されたのですか?
松原:まず知っておいていただきたいのが、地盤に古紙を混ぜるだけでは古紙は風化してしまうんですね。駒津さんはこの「風化」を「土に還る」と表現されていて、それはとても良い言い方ではありますが、この研究を進める上では土に還られるのはよろしくない。せん断強度を高めて、そのままそこに存在してくれないと困りますからね(笑)。そこで微生物の登場です。我々は、微生物を古紙に入れると、微生物は古紙を住処にして炭酸カルシウムを析出することになるだろうと予測しました。実験したところ、まさにその通りの結果が出たんです。私はこれを「鎧」と呼んでいますが、それが一度できると、古紙の役目は終了し、あとは炭酸カルシウムが硬い鎧を作ってくれ、古紙が風化しても問題ないという結果が実証されました。
駒津:このメカニムズムで特許を取ることができたんですよ。
それはすごいですね!近年は液状化現象でマンホールが浮き上がったり、水道管がずれて水が漏れたりといった問題が各地で起こっていますが、この技術があれば、その対策としても活用できますね。
松原:そうですね。埋立地であれば最初の段階で砂に古紙を詰めた埋め立て材料として使うことはできると思います。他にも管渠や下水管周りには砂を撒くので、そこに微生物・古紙・砂の混合物を使えば効果があるんじゃないかとも考えています。今はその技術を実現化するために沖縄の企業3社と共同開発を行っているところです。そのプロジェクト名が「ちむぐくる」。沖縄の言葉で、ちむは「心」「思いやり」を意味します。
「ちむぐくる」プロジェクトを
実現するために
駒津:地球にも社会にも優しい技術ということですね。まさに「ちむぐくる」という言葉がぴったりです。それに加えて松原先生はその他の研究にも着手されていらっしゃると伺っていますが、その点を教えていただけますか。
松原:沖縄にとって長年の課題でもある赤土問題を解決しようと取り組んでいます。沖縄の中でも特に北部は赤土が海へ流出し、サンゴを死滅させています。何十年も前から問題になっているんですが、未だ解決する方策が見つかっていませんから。
駒津:これにも古紙を活用した技術が応用できそうでしょうか?
松原:赤土は超微細粒子で、すべての粒子のろ過は難しいといわれています。側溝の詰まり被害があり、海に流れ出ると船舶のエンジンの目詰まりなども問題視されています。そこで近年は古紙を使った実験も行っています。古紙の吸水性を活かして水と一緒に超微細粒子の赤土を吸着できないだろうかと考え、簡単な実験を行ったところ、これが可能だとわかりました。これをさらに進めて成果が出れば、ぜひ実用化したいと思っています。
駒津:災害から地球を守るため、古紙など自然に優しい材料を活用する。まさにちむぐくるですね。近年、日本中の水道管が全体的に劣化しているという話を聞きます。この古紙を使った「ちむぐくる」プロジェクトがこれらを解決する一つの策になれば素晴らしいですね。弊社も松原先生の研究の一助となって、このプロジェクトを発展させていきたいと思っています。そして、この技術を世界にも広げられれば。それを目指して今後も前進あるのみです。
松原:ぜひともそうありたいですね。今後も共に尽力していきましょう。
本日はありがとうございました。